伝泊が行うSDGsの取り組み
何万年もの間受け継がれてきた奄美大島の雄大な自然は、世界自然遺産に登録されています。その美しい自然と世界的にも貴重な集落文化の恩恵を享受し、まちづくりと宿泊施設運営を行う山下にとって、これらの資源を守り受け継ぐことは使命であるとも言えます。まだまだ環境配慮における意識の不十分な日本で、奄美大島から国内へ、そして世界へ発信できることは何か。奄美の自然と集落と人が持続していくために、今必要なことに真摯に取り組み発信することで、奄美の保全と発展に貢献し、新しい観光の在り方を提案しています。
2021年世界自然遺産に登録された奄美大島で宿泊事業を展開する立場として、自然環境や集落を持続させるための取り組みの重要性を痛感。
持続可能な観光の実現のために「伝泊」が掲げたポリシーは①持続可能な経営②福祉事業の展開③伝統工芸の保全と発展④環境負荷の低減。
日本では4・5番目かつ西日本初となる、国際的なエコラベル「グリーンキー」を取得し、その取り組みが国内に周知されていく。
取り組みのさらなる強化に加え、奄美の土地を守るための不動産事業を新たに展開するなど、世界で認められる観光の在り方の実現に挑戦。
脱炭素に取り組む建築家としての歩み
建築家・山下はこれまで多くの環境に配慮した建築を手掛けてきました。そのはじまりは20年以上前にさかのぼります。
自然豊かな奄美大島で生まれた山下は、建築家として渡航の機会が多くなる中で、社会が環境配慮型へと向かっていく兆しをいち早く感じ取っていました。
本格的に「環境配慮型の建築」がブームになりだす頃、2007年世界に先駆けて完成させたのが、韓国初の環境配慮型博物館「釜山エコセンター」でした。
これこそが、その後山下が様々な素材や構法による環境配慮型の建築を模索していくきっかけとなり、SDGsの採択以前から掲げられていた「脱炭素化」に向けて、様々な独創的なプロジェクトを生み出していくこととなりました。
環境配慮を意識した山下の代表的な建築
・消費エネルギー0で暮らす循環型住宅の実現「A-ring」
・土ブロックを構造体として活用した前例のない住宅「アース・ブリックス」
・使い道のない火砕流堆積物のシラスをコンクリートとして活用「R・トルソ・C」
そして、6~10年前には新しい観光の形やまちづくり事業に取り組む各都市の視察も始めました。
・全米一住みたい街「ポートランド」(アメリカ)
・産業都市廃棄物(線路)の利活用「ハイライン」(アメリカ)
・美食の街「サン・セバスチャン」(スペイン)
・集落に泊まる観光を提案した「アルベルゴ・ディフーゾ」(イタリア)
・環境都市「ストックホルム」(スウェーデン)
・アジアンリゾートのパイオニア「ジェフリー・バワ」(スリランカ)の建築物
その後、九州大学でのまちづくりの研究を経て、2016年からは故郷の奄美大島での実践に進むこととなりました。改修した空き家を宿泊施設として運営する取り組みから始まり、現在はレストラン&バー・食堂・物産&ギャラリー・高齢者施設・コインランドリーなど多様な事業を展開しています。
奄美大島における「伝泊」事業の意義
2021年7月26日奄美群島の一部が世界自然遺産に登録されました。しかし奄美大島の魅力はその自然だけではありません。今もなお「しま」と呼ばれる360以上の集落が存在し、それぞれに少しずつ異なった独特の文化が息づいていることこそ、世界に誇るべき大変貴重な財産です。
世界自然遺産登録を機に注目が集まり、今後より多くの方が観光に訪れることが予想される中、奄美固有の資源をどう守っていくか、改めて考えなくてはいけない状況に直面しています。
観光業を営む「伝泊」にとって、自然や集落文化の恩恵を享受しながらも、オーバーツーリズムを防ぎ、次の世代まで継承させることは使命であると言えます。
そこで山下は、奄美の自然・地球環境保護や集落の活性化を促す取り組みのさらなる強化を図り、このコンセプトに共感する観光客層の誘致に着手しました。
「世界の奄美」として見られた時にも誇れる姿であるべく、専門家も交えた上でサスティナブルな取り組みのブラッシュアップを加えています。
伝泊のサスティナブル・ポリシー〜持続可能な観光を目指して〜
奄美の自然環境と集落文化、それを担う人々とその暮らしを、未来へ紡いでいくこと。
そして「伝泊」自身が持続していくことでSDGsを発信する拠点として確立し、「誰一人、何一つ取り残さない社会」を実現させること。
そのために「伝泊」は以下の4つの項目を柱とする、様々なサスティナビリティに取り組み、持続可能な観光のあり方を追求しています。
A:持続可能なマネージメント(集落住民・地域組織との連携)
「集落住民が主役になる、新しい観光のかたち」や「日常の観光化」を提唱する「伝泊」にとって、集落住民や地元企業との密な協力関係の構築が不可欠です。そこで以下のようなかたちで集落との結びつきを深めています。
①雇用
観光客を誘致して得た利益を集落に還元し、地域経済の発展に寄与するためにも、地元での従業員の雇用を大切にしています。その割合は約7割にのぼり、現在では奄美大島北部で最大規模の民間企業に成長しました。
②体験プログラムの提供
伝統文化や自然体験などのプログラムを観光客に提供することで、集落文化の保存にも寄与し、集落住民と観光客の交流の促進、ひいては集落の活性化を促します。
③参画企業
二箇所に設けられた食堂・レストラン&バー・物販に関しては、地元産の食材及び商品が約80%以上を占めています。また、地元工芸作家や職人と連携した作品の販売や、伝統技術の継承のためのワークショップも開催するなど、多くの地元の方を巻き込むことで、地域を盛り上げます。
また、2019年からは高級ヴィラリトリートホテルやレストラン&バーを展開しており、これにより「まちづくりの推進」と「経営の持続」を両立させています。
B:社会経済的サスティナビリティ (福祉との連携)
①高齢者、障がい者に寄り添う
「誰一人取り残さない」というSDGsにもつながるコンセプトをもとに、ホテルや食堂、イベントスペースを含む広場内で、社会的弱者となりえる高齢者施設(有料老人ホーム・デイケア・訪問看護の3種類)を運営したり、障がい者支援を行なっています。
②子どもから大人まで、様々な人の集う場づくり
まちづくりの拠点となる広場内では、小さな子どもたちへの学童や塾の定期的な開催、集落住民に向けて伝統・家庭料理を提供する食堂を展開するなど、様々な年代の方が気軽に足を運べる場所を目指し、集落住民の交流を促進しています。
※コロナ渦で一時的に中断している活動もあります
C:文化的サスティナビリティ (伝統工芸との連携)
①古民家や伝統技術の保全
空き家となった古民家や既存建築物を利活用して宿泊施設に改修することは、解体にかかるCO2排出を抑えることはもちろん、今では新しくつくることのできない昔ながらの構法や意匠が用いられた建物を保存することにもつながります。
②集落文化や伝統工芸の継承
伝統的な唄や踊り、遊びを継承するために広場での定期的なイベントを行なっています。また、地元の紬関係者とともに「大島紬」という伝統的織物の活性及び職人の技術継承、昔ながらの伝統技術の復活の推進も行なっています。
D:環境的サスティナビリティ (環境負荷の低減)
①自然環境の保存
世界自然遺産登録地域では、国や行政の管理下の元にエコガイドツアーが執り行われてるため、信頼できる組織との連携及び斡旋を行っています。また施設周辺ではスタッフによる定期的なビーチの清掃、プラスチックゴミの回収を行うことで景観を保全しています。
②資源のマネジメント
施設ごとの消費エネルギーの数値を見える化することで、社員一丸となってその削減に努めています。
③廃棄物の管理と活用
全施設においてできる限りノンプラスチック製品を導入し、使い捨て商品の削減を図っています。また、2つのレストランと宿泊施設から出る生ゴミのほとんどをコンポストに回収しており、自社の畑の肥料として使うことで無農薬野菜やハーブを生産し、レストランで食材として活用するというアップサイクルを実現しています。
こうした取り組みが認められ、「伝泊」は、2021年12月、国際的なエコラベル「グリーンキー」(Green Key)を2つ取得しました。
新築の宿泊施設「伝泊 The Beachfront MIJORA」と、改修をコンセプトにした宿泊施設「伝泊 奄美 古民家」「伝泊 赤木名 ホテル」「伝泊 ドミトリー&ランドリー」の3種類の宿、それぞれにおいての取得となりました。
エコラベル 「グリーンキー」とは
環境に配慮したホテル・レストラン等に付与される国際的なエコラベルのこと。1994年、デンマークのホテルに対するエコラベル制度としてスタートし、現在は世界で66もの国や地域において、約3,100以上の施設がこのエコラベルを取得しています。取得には、水・エネルギーの消費量の削減、廃棄物の減量、オーガニック商品の活用など、94項目のうち80以上の基準を満たすことが必須であり、ほか従業員・宿泊客・仕入先などホテルに関わる全ての人々への環境教育推進に力を入れている点も特徴的です。
受賞時の山下によるコメント
日本には「八百万の神」と言う言葉がある。古代の日本人は、山、海、木、太陽、動物、火、風などあらゆる自然現象に、神々しい「何か」を感じ崇めていくこの言葉を生み出した。
どんなモノやコトにも神が宿っているということ、あらゆるものにリスペクトする精神を持っているということ。
そしてこの感覚を今日まで脈々と受け継いできた場所、それが奄美大島である。
何万年もの間受け継がれてきたその自然は、いよいよ2021年世界自然遺産に登録された。
美しい自然と誇りを護り、世界中の人々へその魅力を実感してもらうことは、まちづくりと宿泊施設運営を行う私たちにとっての挑戦であり、使命である。
またその豊かな自然の恩恵を享受し、ある時は厳しい一面に晒されてきたこの島の住民は、いつも自然とともに文化を育くみ、そして支え合って生きてきた。
集落間で歌や踊り、言葉が異なっていること、誰にでも元気に挨拶すること、同じ集落の人を家族のように思うこと、そんな何気ないこの文化や風景を持続させることこそ重要である。
誰一人、何一つとして見捨てられる物があってはならない。
私たちは奄美の自然と集落と人に寄り添い、ともに育みます。
国内における認知の拡大
かねてより環境意識の高いヨーロッパにおいては、エコ認証されたホテルを選んで泊まるという動きが富裕者層を中心に拡がりつつあります。しかし今回のグリーンキーエコラベルの取得は西日本で初めて、日本で4番目と5番目となるもので、日本における環境意識の低さを改めて感じることにもなりました。
その一方で、取得直後となる2021年12月8日には、国連世界観光機関(UNWTO)が主催する「観光を活用した持続可能な地域経営の普及・促進に関するシンポジウム」において、山下がパネリストとして登壇しました。
山下は「伝泊」が目指す「日常の観光化」という切り口から、まちづくりを持続させるための取り組みについて紹介し、ほか有識者の方々を交えてサスティナブルツーリズムや地域のための観光の在り方に向けた議論がなされました。
▼UNWTOより公開されたイベントの議事要旨や動画
また、2022年7月2日には4000名以上が参加した「インバウンドサミット2022」において、「サスティナブルツーリズムは本当に取り組まなきゃいけないの?」のセッションに山下が登壇しました。
山下の前衛的な取り組みに対して、国内における認知が徐々に高まっていると言えるでしょう。意識の低さが未だ課題として残る国内に問いかけ、自らの行動をもって示していくその姿勢が、世界から評価される日は遠くないかもしれません。
▼「インバウンドサミット2022」とは
インバウンドサミット2022 (inbound-summit.com)
▼ディスカッションを視聴する
サステナブルツーリズムは本当に取り組まなきゃいけないの?|伊藤 亮 × 王 璇 × 岩浅 有記 × 山下 保博【インバウンドサミット2022】
▼登壇時の事業紹介の際に使用した資料
2021年12月に取得した「グリーンキーエコラベル」は3年ごとの更新が必要であるため、取得した施設は継続的に環境配慮の取り組みを行うことが不可欠となっています。
山下は今後、施設内のプラスチック製品・使い捨て製品のさらなる削減、海中のプラスチックごみを回収する仕組みづくり、エコ素材のアメニティ導入と使用量削減、などのさらなる取り組みの強化を図っています。また、2022年度内には小型風力発電の社会実験を行い、宿泊施設の一部を消費エネルギー「0」の循環型施設にしたいと考えています。
さらに、2022年4月には、奄美大島で新たに不動産事業をスタートさせました。世界自然遺産に登録されたことは喜ばしい半面、乱開発やオーバーツーリズムによる自然環境・集落文化の破壊の危険も有しています。そこで、地域の人が売買できる価格を保ちつつ購入者を選別していくことで、奄美の誇るべき財産を守るための事業に着手しました。
「笠利不動産」のコンセプト
①奄美群島の土地が大事に使われるためのサポートを行うこと
②見捨てられたような土地や空家を奄美のために活用すること
③集落の歴史・伝統・文化を持続させるための協力を行うこと
今回のエコラベル取得を契機に、今まで以上に奄美の豊かな自然・集落文化・そこに暮らしてきた人々のためにできることを模索するとともに、世界的にも認められる観光のあり方の実現にむけて大きく躍進しました。
今後より環境配慮型の社会へと世界中が移行していくなかで、建築家としての枠を超えた山下の取り組みが、国内外における環境意識の向上に資することを目指しています。
文責:奄美イノベーション広報部