全ては「土」にかえる 土・プロジェクトと「アース・ブリックス」

全ては「土」にかえる

土・プロジェクトと「アース・ブリックス」

物語

地球上のどこにでもある「土」が、安心安全な建築の素材として使えたらどんなに素敵なことでしょう。安く身近にある素材であるがゆえに、土を使った建築は多く、特にアフリカや中国で多く使われてきました。日本でも、木材や竹材と共に土間や土壁の仕上げ材としては利用されてきましたが、構造体としてはほとんど使われていませんでした。海外において、建築の構造材として使われる場合には、土を水で練って乾燥させる簡易的な土ブロックを用いることが主流ですが、耐久性・耐震性・耐候性には欠けているため、地震の際は多くの命が失われてきました。

ありふれた素材に新たな命を吹き込むこみ、安全安心でありながら、少ないエネルギーで建築の新素材をつくることに成功したのが、山下が作りあげた世界最初の「土・プロジェクト」です。

背景・課題

今でも世界の建築の60%以上は土でできている一方、世界中で起きている地震による被害や人の犠牲は土の建築が原因となっていることが多い。

山下の取組

2008年、酸化マグネシウムを使用した地震に強く耐久性の高い構造体を開発するための「土・プロジェクト」を大学や企業と共にスタート。

効果・成果

研究開始から 2年後、山下独自の素材・構法に共感するクライアントが現れ、世界初の酸化マグネシウムを用いた土ブロックによる「アース・ブリックス」が完成。

次なる展開

日本国内外のどこにでも使用できるこの土ブロックの方法を活用し、東日本大震災のサポートとして南三陸町 西戸集落の「備蓄倉庫」を完成させる。

今後の展望

世界中の様々な場所に身近にある土を用い、山下のノウハウを活用して、地震に強い建築をつくる日を待ち望み、いずれは、火星でも、、、。


背景・課題

建築の60%は土で出来ている

40 億年前に地球上に生命が生まれ、生物の亡骸と鉱物が混じりあい、「土」ができてきました。土はこれまでに様々な生命を育ててきました。

人類は、古来から身の回りにある木や石などの素材を使って、自らの手で家を作ってきました。なかでも土は、世界中の至る所に存在し、資源枯渇の心配がありません。廃棄する場合も環境に対する害がなく、そのまま大地に還元することが可能です。土を練ることで、日干し煉瓦や土壁など様々な形で建築に使用できることから、今でも世界の建築の60%以上は土でできています。しかしその一方で、世界中で起きている地震による被害や人の犠牲もまた、土の建築が原因となっていることも事実です。

1800年代後半から始まる産業革命によって工業化と都市化が急速に進み、衛生的で快適な暮らしの場を求めるが故に、大量の供給を可能にすることが求められるようになりました。建築素材としての、鉄、ガラス、コンクリートの量産技術の発達によって、同じ素材による建築が世界中に広まることになり、建築による被害も抑えられてきました。しかし、これらの建築素材を製造するためには、膨大なエネルギーを必要とし、鉱物採取の際の環境破壊、大量の二酸化炭素の排出等ももたらしています。

山下の取組

「土・プロジェクト」が目指したもの

2008年に大学や企業と共に、土を建築の新しい構造体とする「土・プロジェクト」を、以下のヴィジョンを実現するべくスタートさせました。

①あたりまえすぎて見落とされがちな土という素材を、地震に強く耐久性の高い建築の構造体として開発できないのか。

②溶かしたり焼いたり運搬したり多大なエネルギーを使って作られている近代建築の素材に対抗して、限りなくエネルギーを使わない建築素材の開発により、持続可能な社会が実現するのではないか。

③土しかない火星でさえ、土による建築が可能なのではないか。

メンバーと体制

土を使った構造体を開発するにあたり、強力なプロジェクト・チームを結成しました。メンバーは、東京大学の松村秀一・藤田香織研究室、早稲田大学の輿石直幸研究室、材料の提供および技術的支援として民間企業のLIXILと宇部マテリアルズ、そしてこのプロジェクトの中心となったのが建築家の山下保博と構造家の佐藤淳です。専門家の知見、民間企業の経験など、多面的なチームを構成することによって、世界で初めての試みの実現に向けたスタートをきりました。

建築家・構造家、大学研究室、材料提供民間企業の連携した体制

苦闘の材料・構造実験

勉強会において、ドイツのゲルノート・ミンケ氏の優れた研究に出会い、著書の翻訳と出版を経て、ミンケ氏の研究をベースとした実証実験を進めることになりました。

早稲田大学で材料研究をされていた輿石直幸教授の指導の下、土に何を混ぜれば、現行法規を満たす強度が発現されるのかについての研究が実際にスタートしました。環境に負荷の少ない自然添加物の中から必要な強度を満たす材料を見つけるために、数百以上ものサンプルを作り実験を繰り返し、その発見に1年を要しました。混和物および比率検討の材料実験、圧縮強度実験を行う中で、土構造体の配合が見えてきます。

東京大学では、工法研究の松村秀一教授の下、佐藤淳氏を中心に土ブロックを使った壁モックアップの製作および土ブロックのせん断実験を行いました。構造体の配合・ブロック状の形態・目地との接合など、さまざまなハードルを少しづつクリアし、この構造体の実験にも、さらに1年を要したところで何とか形が見えてきました。

ミンケ先生の翻訳本と材料・構造実験の様子

世界で最初の土添加物「酸化マグネシウム」

多岐にわたる情報収集・調査や様々な実験・検証を経て、山下のプロジェクトチームがたどり着いた結論は「酸化マグネシウム」でした。海水を煮沸することで得られる「酸化マグネシウム」は、海がある限り地球上から尽きることがない自然由来の素材です。

陸地のどこにでもある「土」と、広大な海から採取される「酸化マグネシウム」が結びつくことで、これまでの日干し煉瓦では得られなかった強度のある、土の構造体「土ブロック」が実現しました。火を使うことがなく、自然由来の素材のみで作られる「土ブロック」は、解体後も100%再利用することができます。

チームを結成してから2年、ようやく環境に負荷の少ない『循環型の「土ブロック」による建築生産システム』が可能になったのです。

土ブロック循環のダイアグラム

効果・成果

クライアント出現による現実化

日本の建築基準法の中で「土ブロック」を構造体として利用するためには、いくつかのハードルをクリアしなければなりませんでした。構造形式として組積造を採用することとし、「土ブロック」構造をより効果的に用いるためのさらなる具体的な検証が行われました。

そして、研究を開始してから 2年後、天工人独自の素材・構法に共感してくれるクライアントが現れ、実際に土ブロックを用いた建築の構想に着手しました。それが世界初の酸化マグネシウムを用いた「土ブロック」建築、「アース・ブリックス」です。

「アース・ブリックス」平面図
「アース・ブリックス」断面図

土ブロック建築の建設

実際に建設に着手し始めたものの、建設プロセスも試行錯誤の連続でした。土の採取や粒度の分析、適切な配合計画、ブロック製造のための型枠の製作、材料の打設と脱型、温度湿度計をにらみながらの養生期間の設定など、いずれのプロセスもほぼ初めての試みばかりでした。特に時間を要したのは曲面を構成するブロック造であったため、ブロックの形状は何十種類にもわたり、型枠の形状もそれに見合ったパターンを作らなければならなかったことでした。

大学、民間企業、工事に直接関わった職人たち、天工人スタッフ、時にはクライアントの手も借りるなど、多岐に渡る人たちの協力を経て、2011年、酸化マグネシウムを入れた「土ブロック」による世界初の建築「アース・ブリックス」が竣工を迎えました。

様々な素材やディテールの開発

建築は総合芸術です。山下は、構造体だけではなく、この建築の随所に様々な素材を使用し、ディテールに工夫を凝らしています。

屋根は鉄骨と木造のハイブリッドとし、複雑な形状をシンプルな架構で構成し、頂部には新しく開発した自然換気システムも設置しています。

土ブロック構造体と屋根の間は、スチール・フラットバーの臥梁を設けた上に半透明の「ガラスレンガ」を積み、軒下から間接照明が内外をやわらかく照らし上げています。

空間を広くするために、水周り(キッチン・浴室)の下地材は LVL という木質パネルを使用し壁をできる限り薄くしました。また、床とキッチンカウンターは、腕の良い左官職人に人造大理石の研ぎ出し仕上げを行なってもらいました。

次なる展開

土を使った構造体「土ブロック」は、一般的な建設素材として開発しました。日本国中、世界中のどこにでも存在する土を、それぞれの地域・集落で活用することを目指していたので、東日本大震災においても復興のために活用されました。

震災サポート・南三陸町 西戸集落の「備蓄倉庫」

2011年3月11日、東北三陸沖を震源とするM9の「東日本大震災」が起きました。1995年の「阪神・淡路大震災」を契機に、震災サポートのためのNPO法人の代表理事を務めていた山下は、スタッフを引き連れいち早く被災地に乗り込み、地域の人々の声を聴きました。

土ブロックの活用

トレーラーハウスによる復興支援をNPOで続ける中、津波で海水をかぶった土を有効活用できないかとの問い合わせがあったことをきっかけに、その可能性を検証しました。津波によって塩分を含んでしまった土は農地には使えませんが、海水由来の酸化マグネシウムを配合して作る「土ブロック」は建築素材になり得ます。

山下はこの構造体のノウハウを活用し、復興支援の一環として、いくつかの場所で「土ブロック」によるサポートを行うことになりました。

南三陸町 西戸集落からの依頼

震災サポートを行っている地元の団体から、「土ブロック」による備蓄倉庫の依頼が舞い込んできました。

この建設場所の戸倉地区内の西戸という集落は、もともと農業が盛んでしたが、海抜が低いため広い範囲で津波の被害を受けました。耕作等に使えなくなってしまった土を建築の材料とし、倉庫の建設を進めました。

設計から土ブロックの制作、積み上げに至るまで、アトリエ・天工人をはじめ、南三陸町復興推進ネットワーク、大学生が参加しました。また、地元の小中学生から若者、高齢者の方々まで、集落の住民が総出で土を練り、型に詰め、「土ブロック」を一つ一つ積み上げ、「備蓄倉庫」が完成したのです。

西戸集落の「備蓄倉庫」は、見かけは土色をした地味な建築ですが、集落住民の想いが込められた宝石のような建築であり、復興を願う集落住民の心そのものです。

みんなで力を合わせて作った結果、2013年ロンドンにおいて「LEAF Awards 最優秀賞受賞(サスティナブルな開発部門)」という大きな賞をいただくことができました。

今後の展望

「土ブロック」のつくりかたは、「備蓄倉庫」建設を通じて、地元の若者たちと子どもたちに伝授されました。自分たちの手で、身の回りにある素材を使って、自分たちが使う場所をつくる。この試みが、西戸集落の住民の心に芽生え、自らの手で集落をつくっていく足掛かりになることを、山下は夢見ています。

世界中の様々な場所に身近にある土を用い、山下のノウハウを活用して、地震に強い建築が増える日が来るかもしれません。

そして、いずれは、火星でも、、、、、。

文責:奄美イノベーション 広報部


<本プロジェクトの受賞歴>

アース・ブリックス

第5回サステナブル住宅賞「一般財団法人ベターリビング理事長賞」

 第32回INAXデザインコンテスト「銅賞」

 平成24年日本建築士会連合会賞「奨励賞」 

Good Design Award 2012 Good Design賞 受賞 

第18回「空間デザインコンペテイション」最優秀賞

第19回千葉県建築文化賞「建築文化奨励賞」

備蓄倉庫

2013年 LEAF Awards 最優秀賞受賞(サスティナブルな開発部門)

<本プロジェクトの掲載情報>

アース・ブリックス

●雑誌

HOW TO MAKE A JAPANESE HOUSE 日経アーキテクチュア2011 10-25 PEN 2011No.301 ホームプランニング 2011.10-12 チルチンびと別冊34 2011年1月号別冊 左官と建築

AXIS 12月号 (Vol.184) 特集 「素材と向き合う」




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