環境型シラスコンクリート 「R・トルソ・C」
山下は、これまで見捨てられていた素材に着目し、その声を聴き、新しい建築素材として再編集・新開発してきました。発想の転換と最新技術によって生まれた素材や構造は地域経済の活性にも寄与しています。
主軸にあるのは、「建築を通して社会を幸せにしていく」という嘘偽りなき思いです。その代表的な事例が「環境型シラスコンクリート」で創られた世界初の建築「R・トルソ・C」です。これまで鹿児島県で見捨てられていた火砕流堆積物「シラス」に225兆円もの価値を見出した大きなプロジェクトです。
ローマ時代から火山灰を使ったコンクリートが使用されており、コンクリートの原材料となる砂や砂利の確保が難しくなっている。
大学や様々な企業とチームを組みシラスを使用した「環境型シラスコンクリート」による完全リサイクルコンクリートの開発を目指す。
埋蔵されている「シラス」によって、約225兆円もの経済価値を創出できる技術を開発し、国土交通大臣認定を取得後、「R・トルソ・C」を完成させる。
シラスの使用は、建築業界の様々な既得権益の影響により進みにくいが、今後も地域の素材やモノを生かし、地方創生へと繋げていく。
コンクリートの歴史と課題
コンクリートの歴史は古く、ローマ時代の神殿「パンテオン」には現代コンクリートの原型とも言える素材が用いられていました。それは「ローマン・コンクリート」と呼ばれ、火山灰を主成分とした耐久性の高いコンクリートで約2000年も建ち続けています。
現代のコンクリートは、セメント、砂、砂利、水からできています。人工的に見える素材ですが、元をただせばすべて限りある天然資源からできています。コンクリートの骨材となる砂利や砂は、かつては川原や山から採取されるものを使ってきましたが、良質な資源は枯渇の一途をたどっています。代替えに海砂が用いられましたが、海中の環境悪化につながるため、現在は採取が禁止されています。
見捨てられている素材の発見
現代の建築に欠くことのできないコンクリート産業において、砂や砂利に代わる未利用資源の利活用、コンクリートのリサイクルプロセスの形成、長寿命・多機能コンクリートの開発が課題とされています。そこで考えられたのがシラスの活用です。
シラスとは火山由来の火砕流堆積物の総称で、鹿児島県では総面積の約半分(4,600k㎡)の地域にシラスが分布しており、平均60mの厚さで堆積しています。埋蔵量は750億㎥といわれており、東京ドーム6万杯分に相当します。しかし水はけが良すぎることと栄養分が乏しいため稲作などの農業には適さず、大雨の時には浸食と土砂崩れを起こしやすいため、使い道のない迷惑なモノと見なされてきました。
「環境型シラスコンクリート」開発メンバー
シラスという地域特有の未利用資源の利活用、コンクリート産業に対する現代的な課題を解決するために、2012年に様々な分野の専門家を招き、山下がリーダーとなり、プロジェクトチームを立ち上げました。
「環境型シラスコンクリート」の特徴
① 資源の保護に優れている
・枯渇資源である砂の6割以上をシラスに代用できる。
・セメント素材に産業廃棄物を利用できる。
②環境負荷が少ない
・砂や砂利を石灰砂、石灰砂利に代替することで解体時にセメント原料として完全にリサイクルできる。
・セメントの焼成エネルギーおよびCO2排出を減らすことができる。
③強度・耐久面
・長期強度、耐硫酸性、耐候性に優れている。
・粘性が低く施工性が高いため、施工不良が少ない。
④キメが細かく、調湿性能がある
・キメ細かい仕上がりとなる。
・多孔質のため調湿、消臭効果がある。
未利用資源活用による地域活性への貢献
シラスは山側に埋蔵されているので、100㎡あたり10万円以内で売買されている一方、砂の価格は1㎡あたり3000円で取引されています。仮にこの価格でシラスを売るとした場合、深さ60mを掛け合わせると1800万円の価値に換算されることになります。つまり10万円の土地の表面価格に比して、その地下には宝が埋まっていると言えます。発想の転換と最新技術によって生まれたその素材は、地域に莫大な資産を生み出すことで経済を活性化させ、街を豊かにする可能性を有しているのです。
「環境型シラスコンクリート」の世界初の建築「R・トルソ・C」
現実化するためには、世界的にもハードルの高い日本の建築基準法をクリアしなければならなく、実験・検証に1年を費やし、この小さな一個の建築のために、超難問と言われる国土交通大臣認定も突破して、開発チーム結成から4年後の2015年にようやく実現しました。
鹿児島県で見捨てられたていたものは、都市で新しい価値を持って生まれ変わり、「先端的かつ環境的な住宅でありたい」というクライアントの想いにも寄り添った建築として完成しました。
シラスコンクリートの開発はまだ終わってはいません。
膨大な量が貯蔵されていると考えられるシラスの本格的利活用のためには、個々に国土交通大臣認定を得るのではなく、誰もが使えるような一般性を持った素材・工法にまで拡げる必要があります。
今後、南九州に眠る「シラス」を地域が誇れる価値とし、多くの建築物に使われることを目指して進みたいと考えていましたが、建築業界の様々な既得権益の影響により遅々として進まないのが現状です。
しかし、建築において未利用資源の活用・高耐久化・リサイクルの3つの個別技術を統合するというプロトタイプは、違う地域のものに展開する可能性を有しています。
「地域の素材やモノを生かし、その場所をどう生かすか、地方創生へどうつなげていくか。」21世紀はそんな時代になると山下は予測していました。既存の考え方にとらわれず、身の回りにあるモノと向き合い、全てのものが持つ存在の意味を探し出すこの挑戦は、まだ始まったばかりです。
文責:アトリエ・天工人 広報部
<本プロジェクトの受賞歴>
2018年fib(国際コンクリート工学連盟) 最優秀作品賞:ヨーロッパで権威のあるコンクリート工学連盟の賞
2017年 アメリカコンクリート学会プロジェクト賞の総合部門・最優秀賞、低層建築部門第1位:アメリカで権威のあるコンクリート学会の賞
2016年 日本コンクリート工学会賞、作品賞
2016年 WAN Concrete Award :世界的に権威のあるコンクリート技術の賞
<本プロジェクトの掲載情報>
●雑誌
『ENGINE』2017年12月号(新潮社)p172-175
『AREA』 vol.151 2017 April (イタリア)p.048-057
『AXIS』 2016年12月号 Vol.184 特集「素材と向き合う」 p58-63
『Concrete International Engineering』 2016年8月号 (英国) p26-27
『JIA建築年鑑2016』
『Fole』 2016年7月号 みずほ総合研究所 p18-19
『Design Your Lifestyle』 2016年3月号 (韓国) p130-135
『MARK』 No.60 2016 Feb-Mar(オランダ) P34-35
『住宅特集』 新建築 創刊30周年 2015年6月号 p36-45
●書籍
“The Contemporary House” Jonathan Bell, Ellie Stathaki (2018, Thames & Hudson)
“ZIPPED – El espacio en pequeñas casas japonesas Space in small Japanese houses” Bernardo Martin (2019, TC Cuadernos)
●web
ArchDaily
AD(Architectural Digest)
e-architect
Dwell
designboom
METROPOLIS
●TV
Fremtidens Drømmeboliger(デンマーク)
The Art of Japan (英国)
『渡辺篤史の建もの探訪』(テレビ朝日)
『世界初 環境型コンクリートの家』
『Trending in Tokyo』(アメリカ)