「伝泊とまーぐん広場」のまちづくり
地理的にも歴史的にも、琉球と薩摩のハザマで時を重ねてきた奄美大島。その北部の小さな集落で山下は生まれました。奄美群島に広がる太古から受け継がれてきた豊かな森や透き通るような碧い海は、2021年7月26日に世界自然遺産に登録されました。それだけでなく「しま」と呼ばれる360以上の集落があり、それぞれに少しずつ異なった独特の文化が息づいていることも大変貴重な財産です。そして、この「しま」で育まれた「ひと」や、その文化・慣習こそが「たから」であり、集落の住民を主役として、世界に誇れる美しい奄美を次の世代に残していきたいとの想いがありました。
建築家として行ってきた古民家・空き家問題等に関する研究を参考に、集落からの空き家問題の解決を望む声を聴くと、自ずと進むべき道が開けました。奄美大島北部を舞台として、古民家を改修した宿泊施設「伝泊」をまちづくりのスタートさせた山下は、故郷への熱く優しい想いを胸に取り組んでいます。
2009年ドイツ中西部の「ベーテル」訪問の際に影響を受け、九州大学での授業を5年間行い、2016年から「伝泊」によるまちづくりを奄美にてスタートさせた。
「観光×福祉×集落のまちづくり」の拠点「まーぐん広場」を創る。高齢者施設、学童保育、塾、食堂、物産、宿泊施設、ライブラリーの複合施設。
2020年度「第6回ジャパン・ツーリズム・アワード」において最優秀賞にあたる「国土交通大臣賞」と「UNWTO倫理賞」のW受賞を果たした。
土地の文化歴史的背景を含んだ「土地の履歴書」によるランドバンクと、奄美の固有の植物と器をアート的な商品として開発・販売するRPAPの展開。
細胞のように集落がネットワークを組むことで都市や国になり、外部の情報が入ることで健全なコミュニティ=持続可能な社会を築くことを目指す。
まちづくりに取り組むきっかけ
山下がまちづくりの取り組みをスタートさせる上で大きな転機となったのは、2009年ドイツ中西部に位置する「ベーテル」を訪れた時のことでした。人口約2万人に対して、障がい者人口が約4割を占めており、健常者も非健常者も分け隔てなく生活しているその街では、どこでも当たり前のようにみんなが働いていました。
ベーテルの理事長ウルリッヒ・ポール牧師の仰った「山下さん、あなたは人間として100点満点のうち自らに何点をつけますか?0点は死人で、100点は神です。その間にいる全てが人間なのですから、もしあなたが70点だとしても、あなたと障がい者は同じ立場にいるのです。」という言葉に感銘を受け、障がい者を特別視しないベーテルという街に、理想の姿を見出したのです。
その後、九州大学にて、高齢者・障がい者・観光客を交えた地域活性について研究する授業を5年間行い、奄美の介護や医療の現状にも触れる中で、故郷でのまちづくりの実践へと想いが膨らみました。そして2018年、集落住民に愛されつつも空き家となった伝説のスーパーマーケットを改修し、地域交流拠点となる「まーぐん広場+伝泊 赤木名 ホテル」をオープンしたのです。
観光×福祉×集落のまちづくり
「まーぐん」とは、島の方言で「みんないっしょに」という意味です。
「まーぐん広場」は、高齢者施設や学童保育、塾など島民に寄り添った場所であるだけでなく、島の伝統料理を楽しめる食堂や物産、宿泊施設、ライブラリー等も含んだ複合施設となっています。
寄り添い部門
中でも高齢者施設には特に力を入れており、有料老人ホーム、デイケアサービス、訪問介護の3つのサービスを提供しています。
利用者である島のおじ、おばがこれまでに経験してきたことは、奄美にとってかけがえのない宝だと捉えています。その一人ひとりの人生を尊重し、個性に寄り添う施設を目指したいという想いから「寄り添い部門」と名付けられています。
そして、観光客が利用者との交流を通じて経験や知識を享受することで、島の文化や暮らしを未来につないでいくことも同時に目指しています。
イベントスペースとしての「まーぐん広場」
また中心の広場をイベントスペースとして活用していることも、地域交流及びまちづくりの拠点とする上で重要な役割を持っています。島唄や音楽ライブのコンサート会場、集落一帯で行われるフリーマーケット、地域の催しのための会場など、子どもたちから高齢者、観光客などみんながいっしょに楽しめる多様な場として、幅広い種類のイベントが開催されています。元来スーパーマーケットだった頃に多くの人々で賑わっていた様子が垣間見える、集落に愛される温かな空間となっています。
集落の日常を観光化する「体験プログラム」
奄美の各集落には、唄や踊り、方言、祭り、郷土料理の味など、それぞれに異なる貴重な文化資源が存在しています。これらの集落の日常を観光客に提供する「体験プログラム」は、現在50種類以上が用意されています。
集落住民が主体となって行うことで、観光客との交流を実現させ、伝統文化を次世代へ受け継いでいく仕組みづくりを行っています。
①八月踊り
毎年旧暦の八月に各集落で行われる奄美の伝統文化で、踊りの唄声や掛け声、太鼓、指笛の音が響き渡る夜は迫力満点。
②島料理づくり
琉球や薩摩の文化の影響を受けて独自に発展した奄美の伝統料理を、実際に集落のおばから学ぶ、心温かな体験。
③泥染め体験
奄美大島の伝統工芸「大島紬」の製造工程で扱われる、島独自の染料と泥を使用して、今までに経験したことのない技法を体験。
こうした「伝泊とまーぐん広場」の取り組みは、2020年度「第6回ジャパン・ツーリズム・アワード」において最優秀賞にあたる「国土交通大臣賞」と「UNWTO倫理賞」のW受賞を果たしました。空き家等を活用し、集落の中に宿泊するというキラーコンテンツに頼らない『集落文化の日常を観光化』する新しい旅のカタチの提案モデルであること、地域住民の雇用促進や、住民と観光客の垣根を無くす等の社会性の高さについて評価をいただきました。
多様化するまちづくりの取り組み
山下は様々な取りくみを行う中で常にあらゆる角度からの問題意識を持ち、その解決方法や改善案を講じます。2021年現在は下記のような新たな取り組みを行っています。
①ランドバンク
奄美群島の世界自然遺産登録に伴って、国内外からの土地の売買が急速に進んでいることは、乱開発や集落文化の崩壊を招きかねません。そこで土地の文化歴史的背景を含んだ「土地の履歴書」を作成することで、今まで利用されてこなかった土地に価値を見出し、地元の設計者や不動産及び歴史専門家とともに有効活用を提案しています。また土地を守る方法として、集落独自のルール「憲章」を作り、昔ながらの自然・景観・歴史・文化が壊れないように呼びかけています。
②RPAP(ルパップ)
RPAPとはRegional Plants × Art × Potの略称で、奄美の固有の植物と新しい視点の器を、アートというフィルターを介してオリジナルかつ高付加価値な商品として開発・販売する試みです。
昔ながらの奄美の甕(カメ)やアーティスト作品と奄美の植物を掛け合わせることで、集落内外へ新たな魅力を提案し、島に経済効果を生み出します。この事業の根幹にあるのももちろんまちづくり。持続可能性の推進を軸に、島の豊かな自然を未来へと継承することを目指しています。
世界に伝えたい、山下のまちづくり理論
人間の体を構成しているのが37兆個の「細胞」であるように、地球上の伝統および文化を担っている単位は「集落」です。
細胞と同じように、集落がネットワークを組むことで都市や国になり、外部の情報が入ることで健全なコミュニティとなります。
山下は持続可能な社会を築くという壮大なヴィジョンを目指した上で、集落の活性化に取り組んでおり、この重要性はより積極的に世界に向けて発信していくべき取り組みです。
日本の小さな離島・奄美大島から世界へ、山下は実践と結果を持ってまちづくりの新しい形を提唱します。
文責:奄美イノベーション 広報部
<本プロジェクトの受賞歴>
2020年 国連世界観光機関(UNWTO審査機関)第6回ジャパン・ツーリズム・アワードにて 最優秀賞「国土交通大臣賞」/「UNWTO 倫理賞」を受賞
2022年 第12回 地域再生大賞「優秀賞」受賞
<本プロジェクトの掲載情報>
●雑誌・新聞
日本経済新聞2019年12月24日付
日本経済新聞2019年12月12日付、未来面「地方で育む日本の未来」
JALカードの会員向け情報誌「AGORA」2019年10月号
日刊工業新聞2018年3月30日付
「日経アーキテクチュア」2018年4月12日号
●書籍
発行公益社団法人日本観光振興協会季刊「観光とまちづくり」
日本離島センター「季刊しま」
●web
「地球の歩き方」ホームページ、「伝泊 古民家」の「はたおり工房のある宿」掲載
「YOLO」
「FUTURE IS NOW」
観光産業ニュース「トラベルボイス」
デザインのWEBメディア「URBAN TUBE」
「URBAN RESEARCH MEDIA」
「URBAN TUBE」
「コロカル」
「LIFULL HOME’S PRESS」
●TV
MBC南日本放送