「伝泊 The Beachfront MIJORA」
2016年から山下は、まちづくりとして奄美大島の集落文化に焦点を当て、「日常の観光化」を行うために、観光客と集落住民の出会いの場となる「伝泊 古民家」、「まーぐん広場+伝泊 赤木名 ホテル」等をつくり、民間でありながら公共的な活動も行なってきました。
しかし、正社員・パートを合わせて30名以上ものスタッフを雇い続けるには、経済的な負担が大きすぎます。その負担を軽減し、まちづくりを持続させるために、世界自然遺産を見据えた文化度の高い観光客向けの施設をつくることを考え、2019年7月に高級ヴィラ「伝泊 The Beachfront MIJORA」を完成させました。
加えてこの施設をつくることで、海岸沿いの集落の自然災害からの防御、海岸線沿いの景観改善、人と自然が対話する空間確保の3つを実現させました。そして、2021年4月にフロント兼レストラン&バー「2 waters」を建設し、リゾート施設として完成させました。この新築の施設は、山下のプロデュース、設計・監理によるものです。
「伝泊」によるコンセプチュアルなまちづくりを持続するために、「稼ぐツール」となる高級宿泊ヴィラの運営の必要性。
地域に迷惑がられている敷地を選択、一枚のガラスから設計をスタートし、人と自然が対話するための落ち着きのあるヴィラが完成。
部屋のグレードは3種類、面積や形の異なる6種類の平面で構成された13棟のヴィラと、フロント兼レストラン&バー「2 waters」の完成。
施設の目標は、世界自然遺産の地としてSDGs発信の拠点となること、地域に利益を還元させ「誰一人、何一つ取り残さない社会」の実現を目指すこと。
奄美大島は2003年から世界自然遺産の登録を目指してきました。登録後は世界から注目が集まり、多様な客層の来島が予想される一方、それに対応できるような宿泊施設が少ないのが現状でした。
また、2016年から運営していた「伝泊 」を中心にしたまちづくり事業は順調に拡大し、北部において最大の民間企業になりつつありました。しかし、コンセプチュアルなまちづくりを推進するためには、「稼ぐツール」を持たなくては、持続的な経営が成り立ちません。そこで山下は、新築の高級ヴィラを作り上げることで、これら二つの問題の解決に取り組むことを決めたのです。
山下がそれまでに設計した建築の数は、30年間で300を超えていましたが、リゾート施設の設計経験は一度のみでした。故郷の奄美で新築の施設を設計するにあたっては、奄美の自然を最大限に生かして、宿泊者が自分との対話を実現できるような、シンプルかつ本質的な建築を創り上げたいという思いがありました。そこで海外でのプロジェクトの際に組み立てた「禅+アート+自然」というキーワードをコンセプトにかかげ、設計に向けて動き出しました。
「伝泊 The Beachfront MIJORA」のスタート
新設する施設の場所に関して、様々な検討がなされました。その一つが山下の出身の屋仁集落と、まーぐん広場のある赤木名集落の途中に位置する、みじょら(三鳥屋)という小さな集落でした。その海沿いは、台風時に波や砂が吹き込み、集落に迷惑をかけていたような荒地で、誰も見向きしないような場所でした。敷地形状も、奥行きが13m、幅が70mとリゾート施設としては、決して適しているとは言えないような土地でした。山下は数ヶ月の間、その集落住民に何度もヒアリングし要望を聞く中で、ある時その敷地がそっと語りかけてきました。
「迷惑がられている私を何とかして生まれ変わらせて」と。
そこで、集落住民と敷地の二つの声に応えるようにして「伝泊 The Beachfront MIJORA」の設計がスタートしたのです。
小さな会社が大きなプロジェクトを実現するために
「伝泊 古民家」「まーぐん広場+伝泊 赤木名 ホテル」を建設する上で、2つの地元銀行が、そのまちづくりのコンセプトに共感し、融資してくれていました。
高級ヴィラの建設に向けても大きな資金が必要であったため、暫定的に5棟のヴィラの平面図と資金計画をつくり、地元の信用組合にプレゼンテーションを行いました。
資本金300万円の会社にこれ以上の融資は難しいだろうと周囲からは言われていましたが、「伝泊」の運営実績や30年続く東京の設計事務所の実績、さらに世界自然遺産登録が目前であることが功を奏し、資金の援助を受けることができました。これにより段階的に、距離の少し離れた3つの敷地に合計で13棟のヴィラを創ることができました。さらに、2021年4月には「2 waters」というフロント兼レストラン&バーのための援助も追加で行なってもらい、継続的なまちづくりを行うことが可能になりました。
島の「自然」と対話するコンセプト
『豊かな森と美しい海に恵まれた世界自然遺産に選ばれた奄美群島。太古の姿をとどめたまま手付かずの大自然は、時に厳しく、時に穏やかに、あるがままの姿で人間と接する。降り注ぐ太陽の光、飛沫をあげる波、力強い雨風、湿気と熱気に満ちた森…。圧倒的なたくましさをもつ自然と、その自然に寄り添うように生きてきた島の人びと。
「伝泊 The Beachfront MIJORA」は、島の人びとの手で大切に守られてきた自然とともに過ごす場所。目を向けるたびに表情を変える空と海に、人としてありのあままの姿で向き合ったときに、あなたは何を感じるでしょうか。
島の「自然」と対話するただただ、海と、自然と向き合う静謐で禅的な時間。
–「伝泊 The Beachfront MIJORA」パンフレットより–
日常の喧騒を忘れ、生命の根源を見つめなおす。
一面のガラスからみる海は、刻々とわたしの心をほぐしてくれる。
一枚のガラスから設計をスタート
最初は、同じ平面を持つ5棟の設計からスタートしました。コンセプトは「人と自然の対話のための禅的な空間」です。そのためには、自然との物質的な境界をなくすことが最重要であると考え、施工会社から奄美で入手可能な一枚ガラスの最大寸法を教えてもらい、その寸法を軸にしたプランや形態を生み出しました。
海との接点に設けた跳ねだしたテラスには、波を防御するほか、海との実質的な距離を縮める役割を担っています。また建物の片側の壁を伸ばすことにより、隣からの視界を遮る工夫も施しました。
もう一つ注意を払ったのが、建築の構造と素材の選び方でした。
景観を壊さないこと、集落に馴染ませること、奄美の伝統的な建物を参考にすることから、平家であることはすぐに決まりました。
また、床と壁はコンクリート、梁や垂木は鹿児島県産材の杉材に塗装を施したものを使用し、野地板には潮風による劣化を防ぐために昔から日本の民家に多く使用されている九州産の焼杉を用いました。
自然との対話のためには、できる限りシンプルなコンクリートのみが存在し、寝た時には、焼杉から「自然」と「時間」と「温かさ」を感じてもらい、深く自分との対話ができるように配慮されています。
全部で13棟のヴィラ形式の宿泊棟は、奄美北部の海岸沿いに位置する西向きの2つの敷地に配置されているため、美しく移り変わる夕陽を見ることができます。また季節や時刻、天気によっていきいきと表情を変えていく海と純粋に向き合い、飾ることなく過ごせる空間を創り出すことで、自分の姿を見つめ直す最善の時間を提供しています。
2 waters
2019年7月に「伝泊 The Beachfront MIJORA」はスタートし、その当時の受付は、車で4分の地域交流拠点「まーぐん広場」で行っていました。当初から、ホテルや古民家とのグレードの違いに違和感を感じていた山下は、コロナ禍の厳しい状況ではありましたが、リゾート施設としてさらに充実させるため、2021年4月に「2 waters」をオープンさせました。
「あふれ出る小さな水と母なる大きな水のハザマで、五感を研ぎ澄まし奥深く自分自身に還る。」
そんな思いから名づけられた「2 waters」は「伝泊 The Beachfront MIJORA」に隣接した宿泊レセプション、レストラン&バー、多目的テラス、屋外シアター、そして屋外インフィニティプールなどを含めた複合施設です。
海にひらけた開放的な窓が特徴のレストラン&バーは、波音を聴きながら、奄美の力強い食材を活かした創作料理が楽しめる空間です。静かな入江にひっそりと佇む空間で、刻々と表情を変える海の景色を眺めながら、心地よい豊かな時間を過ごせるようにデザインされています。
2021年には、「伝泊 The Beachfront MIJORA」は13棟のヴィラと「2 waters」フロント兼レストラン&バーの合計14棟となりました。部屋のグレードとして、デラックスヴィラ、スタンダードヴィラ、ファミリーヴィラの3種類があり、面積や形の異なる6種類の平面で構成されています。
SDGsの発信拠点となる「伝泊 The Beachfront MIJORA」
2021年はまだコロナ禍ですが、この施設がキッチンを完備した独立のヴィラであることが功を奏し、稼働率は順調に伸びており、まちづくりの経済的な支援をバックアップする施設として充分に力を発揮しています。
そして、これからのこの施設の大きな目標は、世界自然遺産の地としてSDGs発信の拠点となることです。そのために、会社全体で以下の取り組みを行っています。
・全施設におけるできる限りのノンプラスチック化の実現
・海中のプラスティックゴミの清掃チームの編成と定期的な実施
・地域住民と連携した海岸線の保全とビーチの定期的な清掃
・地元雇用70%と地元産の食材及び商品の購入による地域への貢献
・地元食材による食の提供とコンポストを利用した畑の運用
・無農薬野菜やハーブを食材として生産するアップサイクルの実現
・施設ごとの消費エネルギーの見える化によるエネルギー削減
・世界自然遺産の場所として、世界基準の認証取得の促進
山下は、この「伝泊 The Beachfront MIJORA」により、地元関係者との関係を拡げ、地域に利益を還元させ「誰一人、何一つ取り残さない社会」の実現を目指しています。
文責:奄美イノベーション 広報部
<本プロジェクトの受賞歴>
2020年 国連世界観光機関(UNWTO審査機関)第6回ジャパン・ツーリズム・アワードにて 最優秀賞「国土交通大臣賞」/「UNWTO 倫理賞」を受賞
2019年 第4回バクー国際建築賞 にて佳作受賞【伝泊 The Beachfront MIJORA】
2021年 グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)
2022年 第12回 地域再生大賞「優秀賞」受賞
<本プロジェクトの掲載情報>
●雑誌
CasaBrutus
CREA Traveller
Discover Japan
エル・ジャポン
HERS 2021年秋号
SKYMARK機内誌「空の足跡」 2021年10・11月号
VISA会員誌「nd」
●web
「島宿.net」
「LIFULL HOME’S PRESS 」
●TV
日本テレビ「スクール革命!」