「美と健康のまちづくり」「ウェルネス.M」プロジェクト
2005年からスタートし、5年間続いた慶應義塾大学での授業とゼミで行った研究は、山下のプロジェクトに大きな影響を与えました。その際に行った古民家のフィールドワークは、改修や移築のプロジェクトに、最終的には奄美の「伝泊」に繋がっています。もう一つの大きな研究のテーマとして行っていたのは、古民家を活用して面で取り組む、理想的なまちづくりの構築でした。そのために歴史的なリサーチを行う中で、江戸時代の庶民生活に着目し、 「もったいない」の精神を環境配慮の視点から見直した「美と健康のまちづくり」の構想が生まれていきました。それは、環境に優しいだけでなく「農」を楽しむことで、健康で美しくなるという全ての人々が求めるような理想的な街です。それは、今でも山下のまちづくりに関する最終目標になっています。
慶應義塾大学のゼミは、フィールドワークとして島根県の古民家調査、その活用と理想とする街を目指し、江戸時代の庶民生活の研究から始まった。
江戸時代の研究から「美と健康のまちづくり」という究極の理想を構築し、調査と検証から、現実化に向けた3つの建築コンセプトを組み立てた。
今までにない新しいまちづくりを行うために、自然環境に寄り添った独自の全体計画の方法として「Agri-planning」が生み出された。
奄美での「伝泊+まーぐん広場」によるまちづくりに、医療従事者が参画するための組織「ウェルネス.M」が発足し、緩やかに活動している。
「美と健康のまちづくり」で掲げる理想的な姿に近づけるべく、「伝泊」や「ウェルネス.M」と共に奄美群島中心に進め、人々のウェルネスに貢献。
慶應義塾大学の月に2回のゼミは、山下の恩師である三宅理一先生の跡を引き継いだものでした。それは年に数回、島根県の古民家に赴き、実測調査を行いながら図面をまとめ、発表していくというものでした。その調査に追加して、当時から山下が興味を抱いていたまちづくりの研究も行うことになりました。そのゼミの学生の構成は、学部生と院生の合計10〜15名程度でした。男女の比率もほぼ半々、帰国子女も数名含まれおり、建築の専門教育も受けていない学生が多かったからこそ、既成概念に囚われない刺激的なゼミでした。何度も話し合い決定したコンセプトは、「子供から大人までみんなが住みたくなる理想的なまちづくり」で、そのキーワードとなったのが意外なことに「農」でした。校舎のある神奈川県の湘南藤沢の周囲にあるレンタル農園が人気で、農業に興味を抱く学生が多いことが理由でした。そこで、農業と建築をつなげるために、農業が盛んであった頃の日本の歴史を紐解くことになり、当時世界で一番大きな都市としても注目されていた「江戸」の庶民生活の研究からスタートしました。
江戸と世界の都市の違い
世界の主要都市の人口比較とCO2排出量の年代比較を行い、江戸の特異性を抽出しました。
4つのキーワード
調査・研究を進めていく中で、江戸の成り立ちを4つのキーワードで整理しました。
「美と健康」の定義と必要な要素の検討
山下とゼミの学生たちは、1年目は江戸時代の庶民生活の研究に費やしましたが、2年目では現実的にどんな街に住みたいかを議論しました。そこで生まれたのが「美と健康のまちづくり」という究極のテーマでした。「美と健康とは何か」についての定義づけを行い、具現化するために必要な要素を検討しました。その中で、医師や運動の専門家からのヒヤリングを元に、美と健康を生成している5つの活動をあぶり出しました。
現実化に向けた3つの建築のコンセプト
ゼミの3年目からは、チームを作りながら具体的な設計活動に進んでいきました。湘南藤沢のある土地の所有者に承諾してもらい、計画を進めて行く中で、建築の3つのコンセプトが生み出されました。
植物によるオリジナルな全体計画
今までにない新しいまちづくりを行うために、山下は独自の方法を生み出しました。既存の都市計画は、人間中心であるためにインフラや経済からの視点で都合の良い計画で成り立っています。これから求められるであろう自然環境に寄り添った方法から生み出されたのが「Agri-planning」です。
それは、人間に必要な栄養素→その栄養素を含む野菜→野菜に必要な日射量、から建物の配置をアルゴリズムによって決めるというオリジナルな方法でした。
実験的な「美と健康のまちづくり」in湘南藤沢
他の大学と組んで、さまざまな情報をコンピューターに入れ込み、アルゴリズムにて描いた湘南藤沢のモデルケースです。
消費エネルギーの算出
当時から脱CO2は、山下と社会にとって大事なテーマです。そのエビデンスとなる数値化は、学生たちだけでなく、山下の設計事務所のスタッフも共に行いました。
2012年から九州大学でこの研究を引き継ぎ、福岡県の久山町において、行政と企業と山下の事務所とともに実際の販売まで漕ぎ着けましたが、残念ながら現実化には至りませんでした。しかし、その火種は消えることなく、奄美へと繋がっていったのです。
「ウェルネス.M」のスタート
翌年から5年間行った九州大学での授業は、課題の内容や場所を大きく切り替えました。それは、2009年に訪れたドイツのベーテルを参考にした「地域住民と観光客と福祉によるまちづくり」でした。場所は、九州大学のある箱崎の調査・研究を行い、地域へ提案しました。その研究をもとに、2016年から故郷の奄美大島を舞台とした、「集落文化×伝泊+まーぐん広場が創る日常の観光化」によるまちづくりをスタートさせました。
そして、「美と健康のまちづくり」は故郷の奄美でこそ実現が可能であると考え、2020年ごろから医療従事者が参画するまちづくりを模索し始めました。そして、その母体となる組織として、2021年4月に「一般社団法人 ウェルネス.M」を3人の理事により発足しました。
この社団法人の代表理事は山下だけでなく、その友人であり医師の三島千明さんと兼任しています。数名の医師や医療従事者がこのプロジェクトに賛同し、徐々に大きくなりつつあります。
ウェルネス・ワーケーションについて
2016年「伝泊」発足当初から、山下のまちづくりに興味を持ち、さまざまな連携やサポートを行なってきた企業の一つに JAL(日本航空)があります。
そして、「伝泊」×「ウェルネス.M」×「JAL」の3つの組織が連携し、ウェルネス・ワーケーションの活動が生み出されました。
また、この活動に賛同する3つの企業「ミツフジ」「Aesop」「フラグスポート(マニフレックス)」にもご協力いただき、新たな旅の形を模索しています。
A:医療従事者がまちづくりに参画
B:医療従事者が企業や個人のワーケーションをサポート
コロナ禍におけるプロジェクトの状況
この組織づくりや新しいプログラムは、2020年秋から準備を始め、正式には2021年4月から立ち上げたものの、コロナの渦中にありました。そのため、三島医師を中心とした数人の医師、山下、まーぐん広場の高齢者施設スタッフとその入居者を中心としたミニ講演会やワークショップ「ゆらいの会」を、奄美にて数回開催しています。そこから派生した、医師によるオンラインの健康相談会も定期的に行われています。
三島医師と山下は、ウェルネス.Mを中心として、2021年度中はワークショップ「ゆらいの会」と、賛同企業によるウェルネス・ワーケーションを緩やかに進めていく予定です。
2022年4月以降は、さらに参画企業・団体を増やしながらこれらのプランを拡充させ、奄美で定期的にワークショップやウェルネス・ワーケーションを開催したいと考えています。
この未曾有のコロナ禍において、私たちは働き方や生活様式を見つめ直し、健康や生きることについて改めて考えさせられています。
「例えば、医者にも休暇を楽しみ、自らを慈しむ時間があるべきだ。」
「例えば、離島であっても、満足に医療を享受する権利があるべきだ。」
こんな時代だからこそ、年齢や職業、場所にかかわらず、あらゆる人々の心身の健康や生きがいを守らなくてはならない。その想いから、かつて研究に力を注いでいた「美と健康のまちづくり」に再度着目しました。「伝泊」や「ウェルネス.M」を巻き込むことで、今度こそ理想とする形に近づけたいと、山下は語っています。
文責:奄美イノベーション 広報部